ライブのお知らせ♪ と、言っても私は歌いません。『朗読』で参加します!!2011年1月22日(土) 「音の灯」会場:恵比寿天窓.switch開場:18:00 開演:18:30料金:\2000 + 1drink出演:辻純更、林ももこ、nami、谷口深雪、北村瞳(短演、朗 読・演劇)朗読・演劇:春日玲、林恭子、せりきよ音楽と朗読のイベントに参加することになりました。2回目です。各アーティストさんの演奏前に2・3分の朗読をします。うぎゃー、めっちゃ緊張する(≧ε≦)初回は、私からの告知をしなかったのですが(全くどうなるかわからんでさ)、思いのほか好評頂けたようなので《チケット予約》などをしてみようかと思います★とはいえ、私の総出演時間は10分ないんじゃないかと思うのです。わざわざ10分に2000円…時間はお金に換算しないかも知れないけれども、ちと申し訳なくもある。そこで!私の名前でご予約頂いた方には特典として《お年賀おまけ付き》にしたいと思います★おまけの中身はまだヒミツ。全ライブ終了後に声をかけて下さいまし。 万が一、先に帰らなければ~!!という方は、メールにタイムリミットを添えてくれれば、受付あたりに出没します。予約アドレスはこちら(メール起動します)>>keyiro0112@gmail.com件名:チケット予約本文:お名前(ペンネーム可)/枚数をご記入の上、送信をポチリして下さい★なんてして、一件もメール無かったら寂しすな(笑)26才の最初の舞台。ファイ! PR
引っ越しは にっつうではありませんが、ブログ引っ越しました。忍者さんよろしくです。過去の日記も移行できればとおもっとりますが、とりあえず、ここからはじめます。(とかなんとか、早速旧ファイルのインポートしてみた)まだ、借り物のテンプレと、初期設定のままですが、くぎりも良いので今日からスタートです。私、26才になりました。ちゃんとはじまれるように、この1年も生き抜くぜ。ぼちぼちいきますが、皆様よろしゅうおたの申す。
ひとりごと〜ありがとう、さよなら ありがとう、さよなら。25才の私。また一年色々あったよね。新年は一年の始まりだけど、私にとっては1月12日が一年の始まり。今日で、25才四半世紀生き抜いた私とはさよなら。さよならのようで、さよならじゃなくて、明日も同じように朝が来るけど、同じようで、同じじゃなくて、今日とはちょっと違う私が居る。出会ったり別れたり、それは刹那の出来事で、当たりだから特別。嬉しかったり、悲しかったり、楽しかったり、切なかったり、笑ったり、苦しかったり、色々あるから人は生きている。色々あるからこそ本当は素敵。25才は節目に相応しく、たくさんの始まりと、たくさんの終わりがあった。全部を受け入れる度量はまだない。見ないふりをしたいものも沢山ある。でも、無駄なものなんて一つもなかったと信じたい。まだあくまで希望だけどさ。だから伝えられなかった言葉も、大切にしたい想いも、ちゃんと忘れずに26才になりたい。なかった事にして可哀想なんて想いたくないし、ほって置いてこびり付いたらとれないなんてもっといやだし。ときには、さよなら出来る強さもある。勝ち負けじゃないけど、私は、今の私に頑張ってるよ、大丈夫だよ、って言える私であれたらいいな。自暴自棄になることもあるでしょう。ちょっとゾンビにもなるでしょう。それでも、這って、もがいて、息を吸うんだろう。人は生きてるだけで偉いんだ。逃げたり、笑ったり、闘いながらそのときなりに生きてたよ。25年間の私。ありがとう、さよなら。これからよろしく、26才の私。
正月休み 今日は久々に長めでお届けw正月はいくら三昧〜☆うまうま〜。なんたる幸せ。まさに正月。素晴らしいプリン体の世界(笑)今年は、割と動いた正月だったなぁ。ってかなんか短い?休み感が薄い?こうやってだんだん擦れた大人になるのか。お年玉ならぬ、お小遣い(もうお年玉ではないらしい)を父からもらったので、初売りでモッズコートを買いました。念願の紺★一緒に買ったパンツは妹1の見立てなので新しい感じがするwwお礼に妹1にワンピースを買ってあげました。デートに着るそうです。いいなぁ。めいっぱい悩んで決めたのさ。お互いない感性を補い新しい感じ。自分で選ばないってか目にも止まらない服も、意外と着たら良かったりするのよね。先日、東京に戻る電車の中で、新年の抱負考えてました。過去の日記見て案外ちゃんと書いてるじゃぁないかと関心。去年は『好きになる』一昨年は『腹八分目』……好きになるねぇ。なれてない(笑)むしろ嫌いがハッキリした年だった。特に後半どんよりを通り越して現世に存在して居なかったからなぁ。頂いた年賀状に皆体大事にと書いてあった。ありがとう。お前もな☆今年は…『零、再生』色々余計なもの身につけたり、大切なものをポロポロと落としてしまった気がする。だから零にかえる年、無じゃなくて零。マイナスもプラスもなくね。終わりがないと本当の意味では始まらないので、そのための零。私にかえりたい(えっ?初号機にのりたいんでなくw)そしてまた沢山のわくわくが生まれる場所を作れればいいなぁ。まだあやふやで目的を見つけたわけでは無いけど、その時のために、今出来る事は沢山あると思うんだ。頑張る気持ちのベースを亡くしそうで、消えそうだったけど、意外に消えないとわかったし。とりま新年一発目気合い入れて頑張ります。もとより出不精なんで、(スケジュール的に)駄目元で色々誘って下さい。流されてみるのも勢いでやってみるのも、実は好きみたいなので、人と沢山話がしたい!Web作ってみるまではいけなかったなぁ。まぁ、ぼちぼちやろう。
たとえばゆるい幸せが (ネタバレあり注意)今更だけど『ソラニン』を読んだ。カフェだったから泣けなかったけど、家だったら鼻水垂らして泣いたと思う。この浅野いにおって作者はなんて乾いた現実の描写が上手いんだろう。他の作品は虹ヶ原/ホログラフしか読んでなくて、フィクションでファンタジーで、でもゆらりとした紙一重の世界がちょっと怖くて、スッキリとはしないけど、人生そうやって続くものかも、なんて思わされる。次はおやすみプンプンが読みたい。『ソラニン』映画も見ていなかったさ。種田なんで死んじゃうんだよぅ。が、読み終わっはじめに呟いた言葉。(話的にも要なエピソードで、割とサラッと死んでしまって、それはスタイルとして良いんだ。単純に芽衣子ちゃんの視点に感情移入してやるせなくなってしまった。基本原作至上主義なので内容に対してどうのではない)もう、切なくて切なくて、心臓がうわーーってなった。芽衣子がソラニンの歌詞を読むシーンから映画版のアジカンの曲が自然と流れてずっとループしている。中の下の人間が共感するなんて言ってる人もいるが、正に私リアルに共感してしまったよ。芽衣子は私で、種田は私で、ビリーも私で、加藤も、アイちゃんも私だ。日常の中のどうしたら良いのかわからん不安とか不満とか、毎日とか、なんか私だ。私はたいして弾けないアコギと、描き掛けのキャンバスと、積み重ねた大量の漫画と、一握りの光を探しにどこに向かうのだろう。芽衣子のお母さんが言った『若い頃って幸せになるためには困難な一つの方法しか無いなんて思いがちだけど、実はもっと単純なことなんだから。』って言葉にじわぁーときた。種田が俺サミットして『逆らってみるか。流れに。』『…でももう、「次」は無いぞ、俺。』って言葉はガツンときた。残像が鮮明で、まだ当分読み返せそうにないなぁ。それでも、すぐに読みたい気もする。たとえばゆるい幸せがだらっと続いたとするきっと悪い種が芽を出してもうさよならなんだ(ソラニンより歌詞一部抜粋)